輝く先輩ナースvol.5 矢田 明子さんに念願のインタビュー!@雲南

ずーっと、ずーっと取材したかったのがこの方!とにかく輝きまくっている、先輩ナース。島根県雲南市で活躍中の矢田 明子さんです。
(個人的に)1年越しのインタビューが叶いました。どうぞご覧ください👀

島根県、雲南市・矢田明子さん

島根県は雲南市、のどかなまちの中に佇む大きな民家に、コミュニティナースカンパニー(Community Nurse Company株式会社)はありました。
コミュニティナースカンパニーというのは、コミュニティナースの育成や普及に関する支援、活動のモデル作りを主軸に設立されたナレッジカンパニーです。

この大きな民家は、「みんなのお家」と名づけられ、コミュニティナースカンパニーの事務所として利用されているだけでなく、町の皆さんの拠点となっています。
「共につくり、共に学ぶ」をコンセプトに、ここに集う人たちが笑顔に、そしてその笑顔がさらに町中に広がっていくことを目指しています。
平日9:30〜15:30は番子さんという管理人役の方が常駐しており、みんなのお家に訪れる方々を出迎えてくれます。

ばんこさんとは:もののけ姫の映画でも知られる雲南市はたたらの聖地。ばんこさんとは、このたたらを創るときに欠かせない役割であった、炉に風を代わり番こに送り続けた縁の下の力持ちにちなんでつけられた名前です。ばんこさんがいなければ、立派な製鉄もできない。

日々のやり取りを大切にするコミュニティナースカンパニーならではの役割です。

日や時間帯によって民家に出入りする人はさまざま。
ご飯を持ちこんで、赤ちゃんとお母さん共にゆっくりしたり、イベントを開催したり、お散歩がてら立ち寄ってお茶を飲んだり…
活用方法は利用する人次第。

ここの運営費は今のところ、全てコミュニティナースカンパニーの収益で賄われているんだとか。補助金に頼らない運営に脱帽です。

ところで、さっきから何度も出てくる「コミュニティナース」ってなんなんだ。

コミュニティナースの定義は、最新の更新情報がPJに載っていますのでそちらをご活用ください

保健師との違いを言うなら、より身近な場所で事業や制度にとらわれず自由に活動する人。

ほんとうに、活動の幅は広く、
その人、そのチーム、関わる人や地域ならではの、
形にとらわれない実践が拡がっています。

教科書のない実践だからこそ、全国のコミュニティナースたちの学び場として
オンライン・オフラインを活用して疑問や行き詰まったところを共有できるようなコミュニティを形成しています。
オンラインのナレッジシェアの仕組みはコミュニティナース研究所があります。

https://cn-laboratory.com/

そんな実践を拡げる支援をする会社、コミュニティナースカンパニーの代表であり、NPO法人おっちラボの創業者で現在は副代表理事を務めているのが
矢田 明子さんです。

矢田 明子(やた・あきこ)
島根県出雲市出身。Community Nurse Company株式会社代表取締役、株式会社Community Care 取締役、NPO法人おっちラボ副代表理事、雲南市立病院企画係保健師、現職。
2014年、島根大学医学部看護学科を卒業。在学中にNPO法人おっちラボ(雲南市が主催する地域解題を解決する人材育成事業「幸雲南塾」を企画運営する団体。)立ち上げ。2014年には訪問看護や訪問リハビリ、コミュニティナースの活動を行う株式会社Community Careの創業に参画。現在も経営を担当している。
2017年にCommunity Nurse Company株式会社を設立、コミュニティナースという社会実験を全国に拡げるサポートに本格的に着手を開始している。

メディア紹介はこちら

ワイヤードアウディイノベーションアワード2018 https://wired.jp/waia/2018/03_akiko-yata/

日経ウーマンオブザイヤー2018 https://style.nikkei.com/article/DGXMZO24686950V11C17A2TY5000?channel=DF130120166018&page=2

矢田さんはメディアの露出度が高めなので、これまでの半生の詳細は書籍や他のインタビュー記事でご理解いただくことにし、もっと今の矢田さんのお仕事の様子や、考え方などに注目していきます。

ダイジェスト版、矢田さんのこれまで

とはいえ、何もベースがわからないと「で、この人どうして今この仕事してらっしゃるん?」となるのでダイジェストでご紹介。

昔から“疑い体質”だったという矢田さん。
答えが「こうだ」と言われると、ほんとにそうか?と反発を覚えると言います。

とくに子どもの頃、祖母の認知症の介護が日常的になったころ、大人からの何気ない「将来、なるんだったら看護師さんじゃない?」という言葉に反発心があったといいます。
そのため高校卒業後は、紆余曲折あってハローワークへ。
とはいえ資格が無くては高卒ではムリだと言われ、ハローワークのおばちゃんに言われるがまま資格を取得し、社会福祉協議会のお仕事に就きました。
それから数年後、21歳で結婚し、島根県合同庁舎の総務・税務の事務職に転職。
行政予算をとって福祉事業を行う側と、お財布がもっと大きく公的なお金を動かす側、どちらも見ることができました。

※イメージ

そして26歳のとき、お父さんに膵臓がんが見つかります。父はまだ働き盛りの50代。
「まだ死にたくない」とお父さんが騒いだ時、「私にはできることがない」という無力感とともに、「でも、彼ら(看護師さん達)にはできることがある」そう思ったそうです。
さらに、闘病を続けるお父さんを、薬で安心させるのではなく、「こういう症状がでたら、こういうサインだよ」と予測を立てることで安心させているのを見て、
「不思議な職業だな。私も看護師になったら、それができるかもしれない」「そしたら、人が病気になるよりもっと前から、役に立てるかも」

この気持ちをきっかけに看護師を目指します。

看護師になる、決めたはいいものの、当時第3子を生んだ直後。
そして予備校に通う資金を貯めるため、ひょんなことからヤクルトレディに。

猛勉強の末、27歳にして看護大に合格したのでした。

看護大一年生のとき、教科書に載っていた「コミュニティナーシング」という言葉に惹かれました。
「コミュニティナーシング」は、平たくいうと困っている人やその家族に対し、暮らしのなかで幅広く看護を展開すること。
父を亡くした経験から、「病気になる前の元気なうちから、人々の普段の暮らしに溶け込む」ことはできないかと考えていた矢田さんは、ビビッときたそうです。
調べると、日本には専門的な前例がないと分かったため、サークルを立ち上げ、カフェを借りてイベントを開催したり、その他がんの啓発をする活動をしてきました。

学生時代にそうしたサークルでの経験や、起業・地域づくりの塾での経験を積み重ねてきた矢田さん。
こういった学生時代の経験から、ご自身のコミュニティナースとしての活動を地域づくりに携わる人を生み出す塾運営に舵を切りました。
島根大学に編入後、保健師の資格をとり卒業すると同時に、雲南市立病院の非正規職員として働く傍、NPOの代表理事に就任していく…。
その結果として、経験をもとに先に紹介したコミュニティナースカンパニーを立ち上げる…などなど

自分がまちで活動し、地域の人が元気になったり、感謝されたりすることにやりがいを感じていた状態から、
自分が直接現場で関わる、ことから活動を他の人でもできるようにしていく方向へシフトしていったのです。←イマココ

(あれ?ぜんっぜんダイジェストじゃない???)

バリバリの仕事とゆったりした空間

取材と称して、冒頭でご紹介したコミュニティナースカンパニーの拠点、「みんなのお家」にお邪魔しました。

広い畳部屋、それを囲む縁側と今どき珍しく薄いガラスの戸。お庭には大きなイチョウの木…
畳には、赤ちゃんが遊べるおもちゃが転がっています。お家に遊びに来たおちびちゃん達がそこでゴロゴロ遊ぶのです。

お伺いした日はたまたま、矢田さんのママ友お二人が遊びにいらっしゃいました。3人のママと、それぞれ一歳の息子くん。
ママたちがおしゃべりしている横で、3人の息子くん達は思いおもいにガチャガチャりんりん楽しそう。

しばらくすると矢田さん、「ちょっと会議してくるわ!」と言ってパソコンを開く…

「わざわざ島根まで来てもらうのもったいないよねー」なんて言いながら、めちゃ真剣な表情でオンラインで会議を進めていました。

またしばらくすると、今度はラジオの打ち合わせに局の方が。
そこ座っとってください〜と言ったそばでは、ひとりのママがさっきまで食べてたお弁当のごはん粒を回収してる。
その横で開けられないお菓子の袋に手を伸ばし始める1歳児。ああ〜とママがそれをかばう。

あっちでは番子さんが近所のおばちゃんとなんか話してる。

・・・

・・・

・・・

・・・

・・・おおお、なんてゆるい空間なんだ!!!!

まじめな仕事の打ち合わせもこの空間でやる。
仲間へのフィードバックも、出向を受け入れる大企業との大事な会議も、ここ!!
なんてこった。ギャップがすごい笑。

もちろん、講演やら視察やら、一日中外の日もあるでしょうが、
「わあ、フレックスの極みだなあ…」としみじみとこの空気感のギャップを噛みしめた私でした。

今のお仕事を端的にまとめるとどう言ったらいいでしょうか。

「現場にはコミュニティナースがいる。
で、その人たちがお金をもらえるようにする仕組みを作る人がいる。次に入ってくるコミュニティナースを育てていく人がいる。いろんな担当がいるなかで、今は全てに関わっている。」

「だから私がいなくてもまわる仕組みが完成されること…平たくいうと育成の仕組みと収益モデル、そして必要な資金調達ができるってこと。」

「全部に入りながら、育てながら。仕組みを作るのをリードしながら。っていう立ち位置。担う人たちが見通しが立つような体制まで引き上げるのが役割かな。仕事としてはみえにくい部分だよね。笑」

たしかに、

看護師のたまごたちに、看護師としての多様なキャリアを紹介するこのメディアとしては、矢田さんが今取り組んでいることは伝わりづらい。
でも、これが必要だと思ったところから、
「コミュニティナース」の概念を、活動を広めて、自走していける仕組みづくりに取り組むかっこよさは伝わってほしい。

「10年前はそれこそ自分がやってたけど、
なんでそっち側なんですか?って言われれば、『そっちの方が世の中の為になるから』。やっぱり見えにくくても社会の役には立つと思うけん。」と笑う。

「私がいなくても今の事業がまわること」を目指しているという矢田さん。
「人を育てて、その人がまた人を育てていくエコシステムみたいな、循環を作っていけるのが面白い」といいます。

自分がプレイヤーとして活躍する段階から、その活動を大きくする段階に。
これもキャリアを設計し直すっていうことなのかなと感じました。

感じる、貪欲さの塊だ!

私はちょくちょく本を読むので、晩ごはんの餃子を食べながら何の気なしに尋ねました

「矢田さん、最近読んでおもしろかった本はなんですか?」

「おもしろいって何だろうね?どう、🥚ちゃん本読んでおもしろい〜ってなる?」

たしかに。おもしろいってなんだ。
私自身、新書…だいたいノンフィクションやルポ系が多かったり、最近だとグラフィックレコーディングに関する本とか、いわゆるハウツー本だったり。
小説も読まないわけではないけど、どちらかというと「そういう考え方があるんだなあ」「へぇ〜そうなんや」「これ、やってみよかな」という感想が多い。

矢田さんはというと。

「明日から使えそうな本を選ぶね〜」
「翌日には試す。そういう読み方してるよ。ものの見方を知るみたいなのもそうだけど、身につけたい!という思いが高いから。」

なるほど貪欲さの塊w

常に使えるものを拾おうとするだけで、ただ読むのとまるっきりインプットとアウトプットの効果は違うんや…これ、使える!がいっぱいあるとすぐ試したくなりそう。うずうずしちゃう。

トップで動かしながら勉強し続けている人って、こんなスピード感で頭のOSを更新してってるんや・・・。そう思いました。

そんな矢田さんが紹介してくださった「最近“おもしろかった”本」は、こちら。

お仕事にどっぷり浸かっている印象でしたが、お子さんとの時間も確保していますよね。どんなお母ちゃんになりたいですか?

「考えたことないわ笑」

「どんなお母ちゃんかは子供が勝手に解釈するでしょ?だからなんか、こういう理想の母親像〜という憧れは、私は持ってないかな。
はたから見たら足りないこともあるだろうし、長けてる部分もあるかもしれないけどね。

お母ちゃんの理想ではないけど、生き方としての理想は、“生き方に嘘がない人”。
生きたいように生きるお母ちゃんではありたいかなー…」

この言葉から、矢田さんの人生の時間を仕事/プライベートなどと分けられないな、と感じました。いつだって矢田さんは、「矢田明子」で、「母親」で、「会社のトップ」で、「ひとりの女性」なんだ…
一目見た時の、なんとも言えないオーラや、モチベーションという言葉が似つかわしくない規格外のバイタリティは、この「生きたいように生き」てきた賜物なのかもしれないと思いました。

最後に、看護師のたまご達にメッセージをお願いいたします!

あなたが歩けば 道になる

————————————矢田さん、ありがとうございました!

現在は、全国のコミュニティナースが、
看護の専門性を活かしつつ、制度にとらわれることなく、まちに出て自由で多様なケアを実践する医療人材として活動しています。
元気なうちから住民と知り合い、“毎日の楽しい”と“心と身体の健康と安心”を住民と一緒につくる。そんな活動をするコミュニティナース達を育てていく側を育てていく側として…

さまざまなことに対し貪欲に学び続けている矢田さんなのでした。

あとがき

「おもしろいって何?」とか、「人のモチベーション聞いて何になるんだろうね?」という言葉。
一見きつい言い方にみえますが、矢田さんは呼吸するように、普通にスパァァンっと言ってのけるのです。
特に後者の言葉は本編にも書いていないエピソードですが、「たぁしかに」とビンタされた気分でした笑 蝶野さんもびっくりです。

私を攻撃しようとかそういうのではなく。本当に疑問に思ったことを突つき、ご自身の考えを示してくださったことに感謝です。

また、「看たまノートを、もっとこうしたら面白いんじゃないの」っていうのがあったら教えてください、というのが私の最後の質問でした。
答えは企業秘密❤️ですが、かしこまった1から10まで質問するインタビューよりも、聞きたいことを聞きながら1日のんびり拠点で過ごすという、なんとも私得な1日でございました。

番子さんに頂いた、島根のお米は今も美味しくいただいております^^

私の大学の図書館に、入れてもらいました!

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