私がなぜ恩田さんの生活に関わるのか
私が恩田さんの学生ヘルパー募集に名乗りを上げたのは、恩田さんの講演を聞いて「この人すごい!!」と思ったことがきっかけです。恩田さんがALSになってかわいそうだと思ったからでもなく、体を動かせない事が大変そうで手伝いたいと思ったからでもありません。恩田さんが障害をもっていようといまいと、恩田さんにいろいろなことを教えて欲しい、考え方をもっと知りたいと思ったから学生ヘルパーになりました。
恩田さんへの敬意がケアをする上での私のモチベーションです。
研修で気がついたこと
障がい者の方を目の前にしたとき、
車椅子に乗っている=1人では歩くことができないのでは。
呼吸器をつけている=医療機器がなければ命をつなぐことができないのでは。
言葉が不自由=思いをうまく伝えることができないのでは。
と、不自由なところに目を向けられる傾向にあります。
先日、私はヘルパー育成の研修の一環で、車椅子に乗って地下鉄のフォームに降りました。その時、多くの人が心配そうな顔で私を見ました。私がいくら笑顔で車椅子を押している人と会話をしていても、背景を想像し哀れむような目で私を眺める人が沢山いました。そのかわいそうと同情するのは、人の優しさでもあるのかもしれません。
しかし、かわいそうだから手伝ってあげる。できないから代わりにやってあげる、という考え方は自然と介助者が上、要介助者が下という構図をつくり出してしまいます。そして、介助者に余裕がなくなればなくなるほど、要介護者のできない事をせめようとしたり、やってあげているのだから私のケアに文句を言わないで欲しい、とりあえずケアを終わらせればいいという考え方が生じたりする可能性があります。
では、どうするべきか
もっと障がい者の方のできるところに焦点を当てるべきだと私は思います。
私は、恩田さんと出会って、障がい者の世界への留学をさせてもらっています。
24時間命を繋ぐために人工呼吸器が手放せなくても在宅で生活する恩田さんの様子や、身体が不自由だとしても執筆活動や講演会などバリバリ働く恩田さんの姿を目の当たりにし、障がい者の世界に広がりがあることを知りました。ますます興味が尽きません。
障がい者の方を外から眺めただけで、かわいそうだと障がい者の方の可能性を制限してしまっては、もったいないと思います。関わっていくことで見えてくる魅力があります。障がい者の方々のできることに着目することで自然とリスペクトに繋がります。人と人しての、当たり前にある関係の延長線上に介助があれば、ケアを受ける人もケアを提供する人との間に優劣は生まれないのではないかと考えました。
介護業界の現実
実際に要介護者と介助者の間でリスペクトを根底にした関係を築いていこうとする際、目の前の人を知るために向き合う時間が必要になります。ただ、今の介護業界の現状としては、施設では数人の介助者に何十人の要介助者という比であり、在宅の現場でも睡眠時間を削りながら仕事をされる介助者の方が多くいらっしゃいます。必要最低限のケアを終わらすための時間に追われています。
介護者不足を解消していくことは、要介助者と介助者がお互いを知る時間を生むことができ、人と人としての関わりができるのではないかと思います。だからこそ、一人でも多くの学生さんに学生ヘルパーに興味を持ってもらい、学生ヘルパーの数が増えることで人手不足が解消されればいいなと思っています。
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