2020年8月9日、「障害者の世界への留学〜学校では教えてくれない在宅ケア〜」が開催されました。定員いっぱいの100名の方からお申し込みいただきました、ありがとうございました。
今回のイベントレポートは、
・当日惜しくも参加できなかった方
・当日参加された方で、内容を復習したい方
・学生ヘルパーさんや、恩田さんに聞き逃したことがある方
に向けて、
当日の様子と事後アンケートやイベント中に拾いきれなかった質問についての回答をお伝えしていきます。
今回講演をしてくださったのは、岐阜にお住まいの恩田聖敬さん宅でヘルパーとして活躍する伊藤さんです。恩田さんとの関わりの中で、どのようなことを学ぶことができたのでしょうか?
ALSって?
ALS(筋萎縮性硬化症)は、全身の 筋肉をつかさどる神経が障害されていく病気です。徐々に四肢の動きや嚥下、呼吸などが障害されていきます。
イベントでは、恩田さんの「ALSの正体」という動画を参加者の皆さんに見ていただきました。
介護者不足の問題
病気の進行により、呼吸を司る筋肉も障害されます。
呼吸が障害されると、人工呼吸器という呼吸を助ける医療機器がなければ生きられない状態になります。しかし、人工呼吸器を取り付けるか否かは患者さんの自己決定に委ねられます。
現在、ヘルパー不足によって日本のALS患者さんの約7割が呼吸器をつけずにあの世に旅立つ選択をします。
ヘルパーが不足することで、主介護者が家族になることはもちろん、「介護は家族がするものだ」という偏った見方が根強いことも、患者さんの「介護負担を家族に負わせるわけにはいかない」という考えや選択に影響を及ぼすと伊藤さんは危惧しています。
恩田さんは現在、完全他人介護の体制を整えていますが、実現までには恩田さんも多くの苦労をされました。中でも苦労されたのは、ヘルパーさん集めだったそうです。
学生ヘルパーに挑んだきっかけ
伊藤さんがヘルパーに興味を持ったのは、大学で行われた恩田さんの講演がきっかけでした。
恩田さんの人生観や人柄に心を掴まれた伊藤さんは、障害者の世界への興味を武器に、学生ヘルパーを目指し始めます。
伊藤さんと恩田さんとの出会い、恩田さんが学生ヘルパに目をつけたきっかけや、伊藤さんが学生ヘルパーに挑むまでの詳細はこちらから。
学生ヘルパーになるには?
1、恩田さんのお宅での研修開始!
まずは、ALS患者さんのコミュニケーション手段である口文字の習得を行います。患者さんのうなずきに合わせて一文字ずつ文字を拾っていきます。五十音表を縦読みし母音を決定した後に、五十音表を横読みし文字を決定します。
口文字の実際を知りたい方は恩田さんのYouTubeチャンネルをぜひご覧ください。
そして、在宅でのケアの見学とお手伝いをさせてもらいます。恩田さんの講演会に同行したり、訪問看護師さんの看護ケアのお手伝いをしたり、恩田さんの仕事道具であるiPadの装着を行なったりしました。身の回りの生活支援が中心になります。
2、ヘルパー資格取得!
一通り恩田さんのお宅での研修を終えた後、いよいよヘルパーとして働く為の資格取得の為の研修を受けます。
重度訪問介護従業者養成研修統合課程というもので、日常的な生活支援に加え経管栄養(経口での栄養摂取が難しくなった患者さんに対して鼻や、お腹からチューブを通して直接胃に栄養剤を入れる技術)喀痰吸引(鼻、口、人工呼吸器のカニューレからチューブを使って分泌物を吸い上げる技術)ができるようになります。2日間、実技演習や講義、障害者の方の講演など盛り沢山の内容となっており、研修の最後にマーク式のテストを受けます。
そして、合格と同時に資格が発行されるという流れになります。
*ヘルパーになるには資格要件はありません。看護学生以外の学生さんでも、学年問わずチャレンジすることができます。
3、いざ実地研修!
資格取得後、ヘルパーとして働くため実地研修を受けます。恩田さんのお宅に訪問される看護師さんに経管栄養と喀痰吸引の技術を見てもらうものです。
そこで、実技も合格点を満たしていると判断されたら、晴れて資格を持ったヘルパーとして働くことができるようになります。
伊藤さんが学び、感じたこと
1、ケアの目的
「私は患者さんの思いが実現されることではないかと思います」
恩田さんに提供されているケアの目的を掘り下げていくと、障がい者でも働けることを世の中に示したいという恩田さんの夢が根底にあるそうです。
例えば、理学療法士さんによると、「リハビリの目的は、恩田さんがスーツをびしっとかっこよく着て講演会へ行けるようにすること」なんだとか。
恩田さんの思いや夢が実現されるように、介助者の方々が工夫を凝らしたケアが提供されています。
2、声なく声を聞く方法
「病気や事故によってコミュニケーションを取ることが難しくなったとしても、患者さんの思いが消えることはありません。その患者さんの思いが声なき声です。」
恩田さんの口文字を拾うことに対する、講演には収まらない伊藤さんの思いも過去の記事で触れています。
3、障害者の方の可能性を信じることと発想力
障害者の方を目の前にしたとき、どのように思うか。「できないところに目を向ける傾向にありませんか?」と問いかける伊藤さんも、かつてはALSに対し残酷な病気というイメージがあったそうです。
しかし、恩田さんと関わっていく中で、そのような考え方が「障害者の方の可能性を身勝手な判断で狭めているのと同じことだ」と気がついたそうです。
「条件を整えることさえできれば患者さんが望む人生を歩むことができるということです。これは障害者の方々に限ったことではなく、この先出会う患者さんに対しても言える事だと思います。患者さんの人生に寄り添う医療者が、患者さんの可能性に目を向ける事で介入の方向性は変わるのではないでしょうか。」
可能性を信じる思いの根拠となるのが、患者さんに具体的な提案ができるかどうかだと伊藤さんは語ります。そこで鍵になることが「発想力」。恩田さんの生活環境には、iPadのセッティングや、呼出し鈴のほか、恩田さんや恩田さんの介助者さんが試行錯誤を繰り返し築き上げてきた発想力で溢れているそうです。発想力の賜物である恩田さんの生活のリアルを知ることが自身の発想力を養うことにつながると、伊藤さんは研修の重要性を語りました。
「恩田さんと出会ったことで、自分の見ている世界が 180°変わりました」と語る伊藤さん。障害者の方の可能性を知ることができたことが、自分の中で大きかったのだとか。
イベントはもともと学生に向け、恩田さん宅の学生ヘルパーを募集/全国各地の学生に学生ヘルパーを知ってもらうことを目的に進めてきたものでしたので、最後はしっかりと恩田さん宅での研修のポイントをアピールさせていただきました!
ちなみに、学生ヘルパーの勧誘は当事者のみなさんが個人的にされています。学生ヘルパーとして働くことに興味がある方や、育成の仕方に興味がある方は、以下の質問にもぜひお目通しをお願いします。
今回は参加された方の中から、事後アンケートを通じてお問い合わせいただきました。順次見学や研修について、ご連絡させていただきます。
一問一答
ここで事後アンケートやイベント中に拾いきれなかった質問についての回答をお伝えしていきたいと思います。
たくさんのご意見・ご質問ありがとうございます!
学生ヘルパーさんの一問一答
Q1、〜痰の吸引や体を洗う事に抵抗を感じたりしませんか?
A1、〜患者さんの身体に触れるという経験を今までにほとんどしたことがなかったので、最初は抵抗というより恐怖心が強かったです。しかし、恩田さんとお話するなかでだんだんと関係性が構築され徐々にケアをすることへの恐怖心は薄れていきました。ただ、慣れたから効率よく行うことよりも、患者さんへの敬意を持ち、ケアを丁寧に行うことは日頃から大切にしています。
Q2、学生ヘルパーを募集していることを目にする機会がないです。学生ヘルパーを経験する機会はどのように探したらいいですか?なにかコミュニティなどあれば教えてください。
A2、参加者の方からのご回答
「重度訪問介護ヘルパー」「自薦ヘルパー」という枠で学生が働いているので、そういった探し方をしてみると良いかもしれません。また、患者団体や支援団体は色々な患者さんと繋がっているので、お近くの患者さんを紹介してもらえるかもしれません。地域によっては難病相談支援センターが学生ボランティアの育成のための活動をしているところもあります。(※地域によります。)
Q3、学生さんは勉強があると思うのですが、両立は可能なのですか。またなぜ学生さんなのでしょうか。
A3、両立は可能です。恩田さんのお宅での研修は、完全に私の予定に合わせて日程を組んで頂いていました。比較的時間に余裕のある長期休みを利用して研修させてもらったり、テスト期間などはずしてもらったりしていたので勉強に追われることなく続けさせてもらえました。事業所に入所してからも同様です。テスト期間、実習中などははずしてもらい学業に支障のないようシフトを組んで頂いています。
学生のメリットととしては、先入観なく研修を行えることかと思います。まだまだ経験が浅いからこそ看護や医療に対する凝り固まった視点ではなくより広い視野を持つことができると思います。よって学生だからこそできる学びがあるのではないかと考えます。私の事業所のヘルパーさんら主婦の方が多く、土日の人手が不足します。一方で学生は土日の空き時間が多いためシフトに入りやすく、土日の人手不足の解消に貢献できるように思います。
恩田さんの一問一答
Q1、完全他人介護で生活するのは金銭的にどれくらいの負担になるのかが現実的に気になります。ヘルパーさんの数の不足だけでなく、だれもが利用できる制度として確立されているのでしょうか??
A1、私の自己負担は介護保険の1割のみです。完全他人介護は公費で生きられる仕組みです
Q2、習慣スケジュールやヘルパーさんを育てるコツは??
A2、昼間に看護師ケア、リハビリ、訪問入浴などをして夜iPadに向かいます。学生ヘルパーに関しては親だと思って育てています。
Q3、在宅で生活する事への思いについてお聞きしたいです。
A3、家族と暮らせるのが一番!
Q4、ALS の患者さんが在宅で生活していくために必要な設備の現状やそれにかかる費用はどれくらいですか。
A4、制度を利用すれば設備にはたいして費用はかかりません。
Q5、学生ヘルパーさんへの、報酬や補助金などはどうなっているのでしょうか??
A5、通常のヘルパー同様所属するヘルパー事業所から支払われます。
Q6、ヘルパーの 24 時間の支給が一人暮らしでなければなかなか支給されないのですが、重度訪問介護の利用なのかそれ以外なのかボランティアもあるのか教えていただきたいです。
A6、現在ボランティアはありません。全て介護保険と重度訪問介護です。
Q7、学生ヘルパーさんのシステムについて知りたいです。
対象の方限定の喀痰吸引の研修を受ける➝ヘルパー事業所に所属する➝対象の方でよろしいでしょうか?
A7、基本おっしゃる通りです。重度訪問介護養成研修+看護師の実地指導が必要です。
Q8、複雑で多様な介護チーム体制のスケジュール等の調整は恩田さんのまんまる笑店の方と、相談支援専門員がやっておられるのですか?
A8、全て私自身と事業所の責任者で決めます。
Q9、私の市はこれまで重度訪問介護が 100 時間台しか支給された実績が無い市です。可能であれば、どれぐらいの支給があれば一人暮らしが可能になるかお聞きしたいです。
A9、単純計算で月24h×31日=744時間数があり、それを担うヘルパーさんがいれば可能です。
Q10、なぜ学生さんなのでしょうか。例えばリタイアしている方のヘルパーは難しいのでしょうか?
A10、世のほとんどのヘルパーさんはいわゆる老人介護がメインで、相手が障害者かつ訪問介護の経験者はほぼいません。それならば、まっさらな学生さんの方が下手な先入観なく覚えも早いです。
参加者の方の声
事後アンケートでご記入いただいたご感想を一部紹介させていただこうと思います。皆さまご協力ありがとうございました!
学生ヘルパーについて、初めて内容を知りました。やはり、患者さんと接し、患者さんの立場になって考える、発想するという事がとても大切だと改めて感じました。
学生ヘルパーは患者さんにとっても、学生にとってもメリットが多いです。このような素敵なことを発信していくことが重要であると改めて感じました。わたしは、看護4年で半年後には実際に臨床に出ます。今回このような企画に参加できてよかったです。学生だからこそ感じる心情や捉え方なども多くあると思うので、今回で学習したことを活かしていきたいと思います。
本当に素敵な企画をありがとうございました。
これからは、訪問医療がますます増えていくと思いますし、増やしていくべきだと思います。将来を見据えて、周りを巻き込みながら、活動している恩田さんはすごい方だと感じました。私も将来は、医療従事者として働くのですが、医療者の働く場所は病院だけではないということを実感しました。
そのほかにも、
「同じ学生でヘルパーとして活躍している姿を見て感動した。自分も頑張りたいと思った」という同世代の学生の活躍に心動かされたという意見もいただきました。
また、「すごい」で終わらず、自分が学生ヘルパーとして働くことを前向きに考えたいという声もいただきました。
「若くフレッシュで意欲的な意見に感動し、刺激を受けました。若い人の想いを大切にしたいと感じました。
このような活動を期に世間のALSへの注目が集まり、ALSの方の治療方治療薬が早期に確立されればと願います。また、全てのALSに罹患された方々が生きやすい日々が送れるようなサポート体制を願います。」
「人生は自分を好きになるためにある」という言葉が印象的でした。恩田さんの生き方が学生ヘルパーを引き寄せて、その学生ヘルパーさんも恩田さんに関わることで更にパワーアップされていること。素晴らしい相乗効果だと感じました。」
このようなご感想もいただきました。本当にありがとうございました。
伊藤さんより
Zoom講演に参加してくださった皆様、講演後たくさんのメッセージを下さった皆様本当にありがとうございました。そして、講演開催までご支援頂いた皆様にも感謝申し上げます。
今回の講演では、学生ヘルパーの存在を知ってもらうこと、恩田さんとの関わりを通して自身が学んだ障害者のプラスの側面を知って頂くことを目的にしていました。講演後、障害者に対する考えが変わった!、学生ヘルパーをやりたいといった声がたくさん聞かれ、私自身本当に嬉しかったです。ヘルパーというと障害者の方の助けになるという貢献のイメージを持たれると思います。しかし、私は学生ヘルパーとして障害者の方に関わるなかで得られる学びや、出会いに大きく成長させて頂いたと思っています。今回の講演会を通しても新たな出会いがあり、皆さんとお話させて頂けて私もとても勉強になりました。今後も、私を育ててくださった皆さんに感謝の思いを持ち活動を続けていきたいと思います。
ありがとうございました。
メディア掲載
・中日新聞 8月9日 掲載「ALS 学生ヘルパーの思い 恩田さん介助の経験語る きょうオンライン講演」
・中日新聞 8月11日 掲載「『人生応援できる医療者に』 ALS患者介助の学生・伊藤さん講演」
・NHK大阪放送局 8月13日18:48放送
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