循環器・救急救命の経験をフル動員!子どもたちのスポーツ現場を支えるママさんスポーツナース・山村麻衣子さんにインタビュー

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スポーツナースを聞いたことはありますか?今回は、子どもたちの夢を全力応援するママさんナース・山村さんにお話しを伺いました。子育てしながらの看護学校進学、忙しい病棟でも子どもを応援したくてアスリートフードマイスターの資格もとってしまうなどのパワフルなエピソードをお持ちです!母は強くてかっこいい!ぜひご覧ください。

今回の記事はこんな人におすすめ!

  • 救急に興味のある人
  • スポーツの現場での看護師の活躍に興味のある人
  • 子育てしながら看護学生としてやっていけるか不安な方
  • 栄養に関することに興味のある方
山村麻衣子さん
山村麻衣子(やまむら・まいこ)さん
11年目の看護師さん。短大を卒業後すぐに結婚・出産し3人の母となる。離婚をきっかけに看護の道へ進み、2011年看護師資格を取得。循環器・心臓血管外科を5年経験し、現在は救命救急センターのICUで勤務。

看護職を目指されたきっかけを教えて下さい

山村麻衣子さん(以下、山村):高校生の時から看護体験に行くなどしていて、完全に看護学校に行くつもりでした。推薦で進学するつもりでいたのですが、いざ受験する時期に、出席日数が足りずに推薦がもらえないことが分かりました。クラスのメンバーが推薦入試で決まっていくなか、一人一般入試で最後まで頑張ることができず、一旦養護教諭の方の短大に進んだんです。
卒業するときには養護教諭として就職できるポストがなく、医療事務として就職しました。その後、結婚して家庭に入って3人の子どもに恵まれましたが、離婚しました。

いざ3人を連れて離婚して仕事について考えたとき、子どもたちのためだけに働くのではなく、自分の仕事をしないと、子どもたちが巣立ったあとに何も残らないんじゃないかなと思いました。その頃から、やりたいこと・誇れるものは何かを考え、看護学校に進学しました。

-すごいですね。人生を長い目でみた決断ですね。

山村:やはり子ども達を連れて自分一人で背負っていくことになったとき、何か誇れるものがないと頑張れないと思いました。子どもたちにいいものを見せるには、自分が一生懸命じゃないとと思い、決断しました。

-まず短大に進学したとき、「やっぱり看護師がよかったな」という思いはずっとあったのでしょうか。

山村:短大時代には養護教諭に不満はありませんでした。ただ、短大の時に実は脳腫瘍が見つかり手術をしたんです。その時に看護師という職業に触れることがあって、憧れの職業であることを再確認しました。また、養護教諭で医学分野のことを学ぶので、もう少し詳しく学べたら面白いだろうなという気持ちはありました。

-学生時代はどのように過ごされていましたか。

山村:私はたまたま病院の奨学金が2種類かってる病院だったので、結構な額を借りられました。当時一番下の子どもが2歳、3歳ぐらいだったので、育児と家事と学生を両立するうえでとても助かりました。娘2人が添い寝してくれたり、お風呂に入れてくれたことも非常にありがたかったです。

看護師としてのファーストキャリアはどこでしたか

山村:私自身は実習の経験があって整形外科に行きたかったのですが、私たちの代は配属の希望を聞いて貰えなくて、勝手に配属が決められていきました。循環器病棟に配属されて、私は学生時代1番循環器が苦手だったのですごくショックだったのを覚えてます。

心電図が分からない…︎というところから始まり、しんどかったのですが、今思えば循環器でよかったです。その後病院で心臓血管外科を立ち上げることになり、心臓血管外科も併設して看ることになりましたし、HCU(ハイケアユニット)も看ることになりました。

-その後、救急救命センターを志望されたのですか。

山村:カテーテル室のナースに憧れがありました。当時勤めていた病院では、カテーテルをするには外来に降りなくてはいけませんでした。病棟での仕事を続けたかったので、病院を変えました。現在の病院の救命救急センターはER.ICU.HCUで1つです。ERでは緊急カテに入る事があるので救命救急センターを希望しましたが、ICU配属となりました(笑)カテ後はみれますが、カテには入れていないのが現状です。

カテーテル室での看護の面白さは、年数を重ねることで分かってきました。クリニカルパス通りに動くことが多いと思いますが、最初の経験が浅いうちはあまりやることがないと思っていました。ただ、2年目3年目と経験していくうち、自分のもつ責任の重さを感じるようになったり、具体的に患者さんにどう説明すればいいのか分かってきたりして…私も脳腫瘍ができたとき、血管造影を受けているんですね。その時のことを思い出して、何が分からなかったか、カテ室に入った時の思いを思い起こして、結びつけられるようになりました。看護師の役割を考えることで面白さを感じるようになりましたね。

-山村さんが経験されたからこそ、不安だったことや分からなかったところが看護に生かせる素晴らしい結びつき方ですね。

山村:そうですね。あと、カテ室は医師や臨床工学技士、放射線技師、看護師、薬剤師など、たくさんの職種が絡む場所でもあるんですよね。多職種で連携する面白さ・チームで動く楽しさを知ったことも財産です。循環器で学んだことや心臓血管外科での学びは、救急救命センターのICUでも生きています。

ー救急医療に憧れる子もいます。最初はどこで勉強すべきか、最初は怖いなと思う子もいますが、山村さんの視点からアドバイスがあればお願いします!

山村:私も少し教育に携わりますが、1年目から救命救急に来ると、なかなか救命救急の当たり前が普通になってしまうのかなと思います。
例えば、鎮静をかけている患者さんが多いので、患者さんとのやりとりをしないでいると話し方や話すタイミングへの配慮が欠けることもあります。カテコラミン製剤や麻薬をたくさん使うのが日常になってしまいますが、感覚が麻痺することはよくないなと思います。どこか当たり前になってしまうと、看護師の免許を失う怖さも忘れてしまう。その意味では、一般病棟を知ることもすごく大事なことかなと思います。

あとはやはり、正常・異常の判断をすることがとても重要です。次に何が起こるかを予測して、それがあるのか・ないのかを見つけることが大事だという話をよくします。

お仕事のやりがいを教えてください

山村:ICUでは入院患者さんがよくなって退院する姿っていうのはなかなか見れませんね。ICUの次にHCUに行って、病棟に上がります。でも、私たちにできることを患者さんだけでなく、ご家族もひっくるめて関わっていくことは大切にしています。
ご家族ありきで関わっていけた時、上手くいったときにやりがいを感じます。

うまくいった関わりだったのか、分からないままICUを出られる方のほうがほとんどです。家族に寄り添うとはどういうことなのか。家族に寄り添いたいと思っていても、家族にとって寄り添って欲しいと思えるような位置に看護師がいるのか。今そんなに受け入れられなくても、受け入れられない今の状態を受け入れてあげることも大切なのかな…とか。あれで正解だったのかな、これでよかったのかなとスタッフどうしで話をしたり、カンファレンスをしたりする時間は大切ですね。

-スタッフどうしで振り返ることって本当に大切なんですね。

山村:そうですね。やっぱり経験も、考え方も、職種も違う人たちがいるので、「全くそんな風に思わなかった」と気付いたり、自分と正反対の意見から不思議な発見に繋がったりして勉強になります。チームで診ているので、できるだけ思いを表出するようにしたり、お互いに意見やアドバイスを求めてみたりして、前向きな場として捉えています。

スポーツの現場での活動について教えてください

山村:安全や健康に関する知識を身につけてもらえるよう、現在、ジュニアサッカーチームにメディカルアドバイザーとして活躍したり、県サッカー協会や教育委員会などへ連携した活動ができないか提案したりしています。また、今年度はサカママというフリーペーパーのwebライターをさせてもらっています。なかなかコロナ禍でうまく進まないことばかりですが…

元々スポーツに関わるきっかけは末っ子である息子の習い事のサッカーでした。私が高校の時に女子サッカーをしていましたし、元々スポーツ女子であり、スポーツ全般が好きだったんです。
息子の学年が上がるにつれて、大きな大会に出るようになって「やっぱり見にきてほしい」と言われました。今までは仕事で見に行けていなかったのですが、休みを上手く使って見に行ったとき、頑張っている姿に感動しました。

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最初は「元気をもらえたな」だけだったんですが、ボランティアで関わるコーチとそのチームを見ているとき、看護師目線で「あれ?」と思うことが出てきました。
ゴールを運んでいるときに倒れたら、誰が助けるんだろう。
休みの小学校を使っているから、AEDは閉まっている校舎の中にあるんだな…
コーチ一人で何人もの子どもたちを見ている状態。

こんなにコーチが一人で頑張っているときに万が一何かが起こったら、コーチが責められるようなことになるのはおかしいんじゃないかなっていうのがスポーツに看護師として関わりたいと思ったきっかけです。
2〜3年、もやもや過ごしていくうち、スポーツナースという存在を知るようになりました。先ほども紹介したように、末っ子が2歳くらいで看護学校の勉強に追われていたので、小さい頃は何もしてあげられなかったんです。せめて今、末っ子が一生懸命やってるサッカーのお手伝いをしたいと思いました。
何かできないかと考えるうち、スポーツする子がどのように食事を摂ればいいのかとか、どうすれば体が大きくなるのかとかを調べた時に、アスリートフードマイスターを知り、取得しました。先ずはうちの子に対してできることをしようと始めましたが、それが全てその成果ではないですが、中学校3年生の時には全国大会に出ることができました。それが私にとっても、息子にとっても嬉しい出来事でした。やっぱり、頑張っている子の役に立ちたいという思いが募り、何か看護師として貢献できることがあるんじゃないかと思い始めました。

-スポーツ現場に専門職が入るうえでの課題はありますか。

サッカーに打ち込む息子さんと

山村:プロに近いようなお金をかけられるチームでは、管理栄養士さんや医師がついていることもありますが、小さい子どもが所属するようなスポーツ少年団ではそのようなサポートは受けられません。しかし、チームの規模に関わらずスポーツをする人が知っておくべきことをちゃんと知る場は必要です。救命講習や、好きなスポーツを続けるための栄養の摂り方、熱中症などについて広めていく活動をしたいです。

また、治療のプロ・柔道整復師さんや栄養のプロ・管理栄養士さんと比べ、スポーツ現場における看護師の役割は内科的な判断も含めた救護だと思います。それを未然に防ぐところの啓蒙活動も、一つの役割だと感じています。啓蒙活動を組織として広めていくことが目標です。

-広めていくイメージがあれば教えてください。

山村:例えば、各チームというより、サッカー協会に看護師が登録される状態を作っていきたいです。暑い季節になれば登録チームに熱中症の講習を開いたり、要請があればチームにレクチャーしに行ったり、チーム負担ではなく、どのチームにも平等に知識や機会が届けられたらと思います。どうやってその状態を作れるか手探りな状態ですが、少しずつ動き始めたところです。

学生さんへのメッセージをお願いします

山村:まずチャレンジする事がすごく大事だと思っています。やってみたら意外と面白かったり、その先に不思議なものが見えてきたりすると思うので、どんどんチャレンジしてください。
あとは、私が子どもを産んでから学生をさせてもらって、やっぱり勉強できるってすごくありがたいなと思いました。確かにしんどいし、テストで点数を取らなきゃという思いも分かりますが、やっぱりいろいろな経験が先々につながると実感しています。その学ぶ貴重な時間は大事にしてもらえたらなと思います。

スポーツ整形のある病院に行くと、スポーツ分野のことに関してはいろいろ知ることができるかもしれませんが、そうでないとスポーツ現場での看護師の活躍を知る機会はほとんどないかもしれません。
今回のインタビューで、看護師としてスポーツ現場に関われることを知ってもらえたらなと思います。また、一緒に同じような思いのある方と活動していくなかで、スポーツナースを職業にしていくにはたくさんの人が必要だろうし、もちろん質の担保も必要です。一緒に活動し、学び合う仲間が一人でも多くできたらなと思っています!

-山村さんのアツい想いがたくさん伺えたインタビューでした!スポーツナースの今後について、よいニュースをお待ちしております!取材にご協力いただき、ありがとうございました。

山村さんのSNSはこちら

Twitter:@hysmai2
(スポーツナースに興味のある方や、山村さんに質問したい方は、山村さんに直接ご連絡いただくことも可能です!)

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