プロの釣り師としても、看護師としてもキャリアを大切にしたい|渡邉葉月さんにインタビュー!

Alt="看護師 釣り"

趣味も仕事も、何事も全力で楽しむ大人はかっこいいと思いませんか。趣味のためにお金を稼ぐ目的で仕事を頑張る方も多いかもしれませんが、今回のインタビュイーは少し違います。自分の好きなことが仕事であり、趣味であり、「境界線はないかも」と答える看護師さんです。学生に向けても、人生を心豊かに生きるコツをお伝えいただきました。ぜひ、ご覧ください✨

今回の記事はこんな人におすすめ!

  • 誰よりも楽しく働きたい人
  • 趣味も仕事も大切にしたい人
  • プライベートを充実させたい人
  • 新しい働き方を求めている人

今回インタビューさせていただいたのはこの方!

渡邉葉月さん
渡邉葉月(わたなべ・はづき)さん
看護師9年目。関東の病院の小児科で8年間過ごす。5年間をNICUとGCU、3年間を小児科一般病棟で勤務し、2021年3月に志摩市に移住。4月から志摩市民病院で働く。スポンサーがつくほどのマグロアングラー(釣り師)。

普段のお仕事について教えてください

渡邉葉月さん(以下、渡邉):普段の仕事は外来業務が主です。外来診察や訪問診療への同行と、救急車の対応、透析の業務に就くことが多いです。透析室での経験がなかったので、今はサポートしてもらいながら学んでいます。もともと、釣りがしたくて三重県の志摩市に移住しました。釣りを真剣にやりたいと思う一方、看護師としての仕事は好きだったので、辞めたくありませんでした。どちらも頑張りたいという要望に応えてもらい、週3日、外来で勤務しています。志摩市に移住してからは、釣り以外に海女の仕事も始めました。

看護師になろうと思った理由を教えてください。

渡邉:私は家族が全員医療系なんです。父親は医師、母親は看護師、一番上の兄が薬剤師で、2番目の兄が医師。小さい頃から医療が当たり前に近くにありました。何かあればすぐ父に診てもらえて、生活する上で当たり前にある医療がこんなに安心感を与えるものなんだということも感じていました。安定した収入もあるので、自分で生活でき、家族も安心だし、自分のことも安心だと思って、明確に思い描いていた看護師像があったわけではありませんが、大学に入ってみました。

どのような学生時代を過ごしていましたか。

渡邉:学生時代はほとんど勉強していなかったかな!学生の時にしかできないことを絶対的に優先していました。ダンスも、野球部のマネージャーもしていました。顧問の先生がいますが、自分たちで決定権をもって動いていくところに大学ならではの面白さがありました。東日本大震災のあと、電力をなるべく使わないようにナイターを使わない時期があり、代わりに早朝練がありました。早朝練が終わったら実習に行き、実習の記録が済んだらダンスの深夜練が朝まであって。眠いけど、辛いから辞めようとは思いませんでした。ただ楽しくて、部活やバイトの人と話してたくさん笑って。たくさん人と関わったことが今に繋がっていると思います。

振り返ってみると、勉強は看護師になってからでも追いつけるなと思います。病態など文面だけみていても何も楽しくありませんでしたが、大学の時に出会ったいろんな人たちと仕事の時に「これ分からないんだけど…」「私もこれ判んな分からなかったけどこうだったよ」という会話ができたことがよかったです。

これまでのキャリアを教えてください

Alt="看護師 釣り"

渡邉:今の職場に至るまで、小児科で8年間勤務していました。5年間をNICUとGCU、3年間を小児科の一般病棟で過ごしました。何でこんなに忙しい仕事に就いてしまったんだろう、勉強ばっかりでしんどいなという時期はありましたが、患者さんだけでなく、患者さんを取り囲む家族も含めた看護に責任感とやりがいを感じました。人と関わることが好きということもありますが、人の話を聞いて、その人が欲しているものを提供したり、自分が話したことで笑っていたり、いろいろな人の立場になって一緒に考えることで、自分にはない価値観に触れ、新しい学びがありました。

志摩市への移住は、釣りがきっかけでした。2年前に、釣りの遠征で初めて三重県を訪れました。私の釣りはキハダマグロを追いかける釣りなのですが、三重県はキハダマグロのサイズが大きいことで有名な地域だったんです。遠征で泊まった民宿のお母さんがすごくいい人で、もう一人のお母さんのような感覚でした。一緒に釣りに行った仲間たちも、癒されていました。

素敵な場所だなと感じたときに、「今、神奈川にいる理由があるのかな」と思いました。好きなことも仕事もできて、自然に囲まれた環境で生活できて…何が困るんだろうと考えましたが、私たちが必要なものは全部揃っていました。移住を決心するまでに時間はかかりませんでした。

移住に障壁はありましたか?

渡邉:旦那と話して、「三重県に移住しない?」「うんいいよ」と、本当にこんな感じで決まりました。悩む理由が全くありませんでした。マンションやアパートに住む気は全然なかったので、志摩市には安く売りに出ている空き家があるので、リノベーションすることにしました。

職場を辞めるときは、自分の担当患者さんに対してやれることをやってから辞めようと思っていたので、いろいろな調整のため、実際に移住するまでは1年ほどかかりました。NICUのときから看ていて、ご家族の関わりがかなり密接な患者さんもいます。親御さんが感じる不安は細かな訴えとして表出されるので、担当看護師との信頼関係がかなり重要でした。基本的に、異動や辞めることは私たち医療者の人生なので、患者さんには関係のないことかもしれません。ただ、ご家族さんも含めいろいろな人を巻き込んで関わっていたので、「じゃあ、お願いします」と他の人にすぐに任せられる状態ではありませんでした。私がいなくなることが苦痛に感じないよう、環境を整えてから離れることが責任だと思いました。

1年間ほどの調整期間では、マンションやアパートに住むつもりはなかったので、空き家を探して買うとか、移住の準備期間にあてられたことはよかったです。

お仕事で大切にしてることを教えてください。

渡邉:病棟業務から外来業務に変わったことで、外来診察に来て、帰宅して自分の生活を送っている人に対して何に焦点を置いて看護したらいいのか分からない時期が2ヶ月ほどありました。高血圧があっても、先生と薬を調整しながらコントロールできている。じゃあ、私は何をしたらいいの?と。何もしてあげられないまま、長時間待たされて、診察を受けて帰るだけ。

ただある時、訪問診療に同行した学生さんが、患者さんとずっと話す様子をみて「私よりよっぽど看護してるんだけどこの人たち!」と衝撃を受けました。病棟にいたときは、病棟で学生さんが患者さんと話すことは当たり前ですし、私の方が情報を持っていて当たり前でした。今の私に足りないというか、忘れていたものはこのやりとりだと気づきました。

以降、完全に業務をこなすことが前提ですが、その人が普段どんな生活をしているんだろうと興味を持ち、なるべくコミュニケーションをとるようにしました。
例えば、一人暮らしのおばあちゃん。採血の時に話していると、実は娘さんがコロナで帰って来てくれないから家事を自分でしなきゃいけなくて、一人で住んでいるのに倒れた時に見つけてもらえなかったらどうしよう、という不安があるとわかりました。そこで、高齢者の鬱の評価をしようとつながれば、ただの診療の補助ではなく、病棟でも外来でも、看護は変わらないなと思います。

ー外来患者さんとは一期一会なことが多いですが、普段家で生活する患者さんたちの困りごとを拾える瞬間は大切ですよね。

渡邉:そう、採血なんて本当に一瞬。採血の時に出された腕に、アザを見つけて「このアザ、どうしたの?」と聞いてみると、「実はこの前な、電球変えようと思ったら落ちてきてさ」「そんな、電球なんて他の人に変えて貰えばいいじゃない」「いや、近所の人も昼はおらんから一人でやるしかないんや」「じゃあ電球くらい変えに行ったるよ」みたいな。都会ではできなかったけど、一つの声かけから患者さんのおうちに遊びに行くこともありました。

ー志摩ぐらいの距離感のよさでしょうか。

渡邉:人と人の距離がすごく近いので、移住してきましたが全く寂しくありません。私は海女として漁業組合に入っているので、漁業組合の人と話しているとちょっとした健康相談を受けることもあります。「それだったら一回受診したら?」とか、「それは様子見ても大丈夫だよ」「薬は何飲んでるの?」とか。志摩に住む人たちがいろいろ話しかけてくれる良さがあって、すぐに仲良くなれました。

地域の人と一緒にゴルフに行くようになるなんて神奈川県にいた頃ではありえませんでしたし、釣った魚をお裾分けしたら野菜になって返ってきたり、ちょっと早く起きた日にサーフィンしてから出勤したりすることも新鮮でした。家族じゃない人が親戚のように感じることも、志摩にきてから新しくチャレンジしたことのほうが多いことも、志摩の人と環境が生み出す良さだなと思います。

ー病院に来た人と仲よくなるというより、日常生活で関わる人が病院に来たぐらいの感覚ですよね。廊下で出会って、「元気にしてた?」と声をかけることは、大病院ではできませんよね。

渡邉:ないない!どこの誰かも絶対に判らないし、地域に根付いている病院だからこそだと思います。

釣りの魅力を教えてください

渡邉:私がやってる釣りはかなりコアで、気力と体力と忍耐力とが必要な釣りです。それらを乗り越えた時に、50キロくらいのマグロが釣れると達成感があります。釣れなくても、自然を相手にしているから毎日海は表情を変えるし、同じことを続けていても全く釣れない。前はこれで釣れなかったけど今日は釣れた、ということもあります。毎日何かが変わっているから、今日はどうしようかな、と考えることが本当に楽しいです。

潜っていても同じで、視界がクリアで潜りやすい日もあれば、めっちゃ濁って見えない日もあるし、「この魚ってこんなところにいるんだ」と、船の上から見てた海と、中から見る海では全然違いました。海の中を見るようになってから釣りがもっと面白くなりました。

今後チャレンジしていきたいことを教えてください

渡邉:志摩で子育てをしてみたいと思える地域にしたいです。小児科は志摩市で診てもらっている人が多いですが、産科は、伊勢まで小一時間かけて行くことが多いそうです。急変したら不安ですよね。
産婦人科の先生や小児科の先生に志摩市に来てもらうことは難しいですが、小児科も診れる内科医を育てられたらと考えています。
今の時代、医療的ケア児が増えていて、三重県でもこの5〜6年で4倍に増えているそうです。医療の発達で医療的ケア児が増えているのに、その子たちを受け入れる地域の医療が対応できなくていいのかなと思っています。あと2〜3年は釣りを絶対にやり切ると決めているので、それから子育てに困らない志摩をつくっていきたいです。

Alt="看護師 釣り"マグロ釣りは、はじめて4年目くらいになりました。メーカーさんにも目をつけてもらって、いよいよ趣味の域を越えてきたので、責任を持って釣りを広めていきたいです。釣りってこんなに楽しくて、女性でも楽しめるんだよって、発信も頑張っていこうと思っています。目標は、日本一の女性マグロアングラー。お世話になっているメーカーさんにも感謝しているので、釣りももっと勉強して、挑戦していきます。

現役の看護学生たちにメッセージをお願いします。

渡邉:とにかく学生時代は、義務的なことだけに追われるのではなくて、楽しそうだなと思うことをひたすら探し続けて欲しいです。看護学校では「辛いだろうな」「あれ大変らしいよ」という話ばっかり出てくるけど、いまさら実習の内容を変えられるわけでもないんだから。そんなことはその場になってから感じればいいことです。楽しそうなことを自分で探す努力をしないと、楽しくなくなっちゃう。

例えば、「海に行ってみようかな」でもいいし、「チャリに乗ってあそこまで行ってみよう」でもいい。ホテルの予約を取らずに旅行して、地元の人のおすすめを聞いて泊まるとか、何か無計画なことをしてみてください。
好きなことや楽しいことを、時間がないから・余裕がないからって諦めないでほしい。本当にどうにかなるから!
どうにもならないのは、患者さんと話せないとか、自分から話せないとか。勉強ができなくても、患者さんを看ながらこれからいくらでも勉強できます。社会人になってからではできないことを、枠にはまらない生き方を、1日は36時間くらいあると思って過ごしてください!

ー葉月さん、インタビューにご協力いただきありがとうございました!
社会人になってからではできないことに、とことんチャレンジしてみようと思えるインタビューでした。発想力やパワフルさに溢れる葉月さんの今後も、気になります!またぜひお話しを聞かせてください!

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